国産木刀製造業の危機

国産木刀製造の危機


2019年秋、木刀や杖などの国産木製武器製造の今後について、ブログ記事を掲載しました。当時、国産木製武器の約4割程の生産量を占めていた工房・堀之内登製作所が閉鎖し、それ以降、宮崎県都城の国産木製武器の生産力は急落しました。残された3つの木刀工房では、それまで堀之内工房で製作されていた木製武器の製造も担うようになりました。
それから1年の月日が経過しました。現在の木刀製造現場の状況はどのように変化していったのでしょうか?

残された木刀工房の現在

2019年の堀之内登製作所の閉鎖以降、宮崎県都城市にある残された3つの木刀工房では、自社で取引していた小売店の木製武器の製作だけではなく、閉鎖した堀之内工房が小売店に卸していた木製武器の製作もまた行なうようになりました。しかしながら、それまで堀之内工房が国内の小売店に卸していた数多くの木製武器の全てを補うことは時間的にも物理的にも大変難しいものでした。どれだけの木製武器を作っても作っても小売店から受注が入る日々は、職人たちの気力・体力をも消費させることとなり、休日も返上して製作に没頭せざる得ない状況にまでなりました。その結果、残された工房では、それまで引き受けていた完全特注製品の受注を制限するなどして、普及品の製作に専念するため作業人員と製造時間を確保することに努めようとしました。

「新留木刀製作所」で今も使用されている伝統的工具

「新留木刀製作所」で今も使用されている伝統的工具

一方で、これまで製作したことがなかった堀之内工房製の流派木刀の製作を残された工房が新たに製作するためには、木製武器の商品価格を大きく引き上げる必要がありました。一から商品を作り出す手間と時間、年々増加する木材資源の高騰、休日返上で製造にあたる職人の仕事量など、これまでの安すぎた価格設定を見直すことは、職人を守るためには必要な選択でもありました。

「誰かが作らなければ、武道家は稽古ができなくなる、何とかして作ってあげたい」そんな想いが職人を振り動かし、残る3つの木刀工房では、製作時間のかかる特注オーダーの制限、従来の商品価格の改定などを行なうことで、年々、過酷になりつつある木刀製造の現場環境を整え、新たに再編できるように努力していったのです。

現在、日本国内で一番の生産出荷量を誇る「荒牧武道具木工所」は数十人の職人で運営されていますが、残る2つの工房は、親子や兄弟で切り盛りしながら木刀製造を行っています。それぞれの工房の発注からの納期までの日数目安は、一番規模の大きな「荒牧武道具木工所」でさえ発注から3ヶ月近くかかる製造状況です。また、家族経営の「松崎木刀製作所」「新留木刀製作所」ではそれ以上の月日がかかり、現在では次の納期目安もたてられないほどの繁忙が続いています。このような背景もあり、日本国内の武道具店では、製造元からの安定した木製武器の納品が見込めず、商品の在庫管理が大変難しくなっているのが現状です。

立ちはだかる困難

職人減という問題だけでなく、木刀製造業界が直面しているもう一つの問題が木材の減少です。世界中に武道人口が増え、国産木製武器の需要が増加しているのに反して、木刀製作に最適な良質な木材は年々不足しています。 

これは、年間1000本の白樫製木刀を生産するのに必要とする木材(10年間乾燥させていたもの)を工房で備蓄されているとします。仮に年間受注数が1.5倍になれば、当然のことながら500本分の木材をどうやって補填するのか、という問題に直面します。すぐに製作できる最適な状態の木材を市場から高値で調達するか、翌年分として備蓄していた木材からあてがうのかという選択が迫られてきます。しかしながら、価格や品質的な観点から後者の木材を使用するほか選択肢はなく、結果として、昨今の急激な木製武器の需要の増加は、近年の急速な木材不足に拍車をかけることとなっているのです。

そして、2020年、世界中の武道家は新型コロナウィルスという世界的な脅威に直面することとなりました。世界各国の道場の稽古が休止し、これまでの生活様式が一変したことは、木刀製造業界にも大きなダメージを与えることとなりました。世界各地で少しずつウィルスと共存した生活様式が確立されていく中で、自主稽古、道場稽古で盛んに取り入れられるようになったのがあまり接触を供わない武器稽古でした。新型コロナの影響により、木製武器の需要がさらに高まったのです。

「荒牧武道具木工所」の乾燥中の備蓄木材は減少しつつあります。

「荒牧武道具木工所」の乾燥中の備蓄木材は減少しつつあります。

当社においても、コロナ禍で袴や道着などの稽古用品の受注は右下がりで減少していくのに対して、木製武器の売上は例年以上の受注となりました。これは、今後、私たちにどのような影響を及ぼしていくことになるでしょうか?

今、私たちはこの現実と向き合うべき時なのかもしれません。日本の木材は半永久的に持続していくわけではありません。近年、木刀製作に最適な良質な木材は市場から姿を消しつつあり、木刀用の木材選定の価値基準を下げない限り、都城の木刀職人は国産木刀を製造し続けることができなくなりました。

木材減少、そして木材の質の低下、この現実に対して誰よりも職人が心を痛め、苦しんでいます。職人の誰もが「武道家のために質のいい木刀を作りたい」というプライドを持って製造にあたってきました。「良質な木材がなければ木製武器を作らない」という選択は簡単です。しかし、職人は「武道家のために何とかして作り続けたい」、その想いで試行錯誤しながら木刀生産を今もなお持続させています。

実際、これまでも木製武器に使われていた木材が入手困難になったことから、製作ができなくなった武器も多くあります。紫黒檀やタガヤサンは完全に市場からなくなり、重量のある木材として人気の高かったスヌケ材の武器もまた、数ヶ月内に製作ができなくなることが決定しています。また、本赤樫は希少価値が高いことからイチイ樫が赤樫の代用として長く普及されていますが、白樫も年々良質な木材が減少傾向にあり、近い未来、本赤樫と同様、希少価値の高い木材となっていくと言われています。
高級木材の本枇杷は、2020年度製作分として乾燥させていた木材を使い切ったことにより、次の生産は2021年夏以降となっています。

以前、都城の職人たちが一丸となり「伝統工芸品でもある木刀製作を存続させるため、国有林から木を切らせてほしい」という嘆願書を国に提出するなどのアクションを起こしたこともあったという話を職人から伺いました。しかし、その際も国からはいい回答が得られず、状況は変わらぬまま今に至るそうです。そのため、職人が話す木材不足というのも、現在、木が切れるエリアに関しての話であり、国有林を含めれば、木刀製作に最適な良質な木材は日本にはまだあるというのが職人たちの見解なのです。

今、私たちができること

当社には、日頃から武道に励み、何十年と木製武器に慣れ親しんでいる人間や前職で木材関連の仕事についていた人間もいます。スタッフ皆、木が大好きです。そして、都城の職人が作り上げる木製武器を販売する中で、これまで何千、何万という数の都城産の木製武器を手にしてきました。その巧みな職人技術で丹精込めて作り上げられた木製武器を世界に販売できることは、私たちの誇りです。創業以来、世界中の武道家のお客様方のために素晴らしい商品を作っていただいた職人方には感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。

現在、工房の職人たちは目の前にある仕事をひたすらに取り組むのが精一杯の日々です。今、木刀製造業界の前に立ちはだかるこれら問題を解決するためのアクションを起こすエネルギーも、策を考える時間さえも、今はとれない繁忙の毎日です。 2019年に都城の工房が3つになってしまった頃から、星道では、この木刀製造業界が直面している問題について、工房の職人、同業者、道場師範や流派代表、武道研究者・・・、武道に関わるたくさんの方々と話し合ってきました。これまで都城産木製武器の恩恵を受けてきた私たちで何かできないのか、という想いで動いてきましたが、努力も虚しく、何一つとしてこの状況を改善することができなかったことに、自分たちの無力さを覚えました。

今、私たちができることは、まず、この現実を知り、意識を変えていくことだと思っています。20年前のような良質な木材から作り出された木製武器は姿を消え始めているという事実、木刀用に切る最適な木がなくなってきているという事実、職人不足により製造現場がひっ迫し、若い世代の職人離れに拍車をかけているという事実、木材の価格が高騰し続けているという事実・・・、これらの現状に対して、これまで通りの木刀製作、木刀販売の仕方を続けていった場合、近い未来、国産木刀製造の存続の危機を迎えることになるといっても過言ではありません。

「松崎木刀製作所」

「松崎木刀製作所」

星道では、今後、木製武器のより入念な検品作業と合わせて、自社内のアトリエで出荷前の入念な油磨きや不良箇所の再仕上げ、再研磨を行いながら、都城の木製武器の品質を維持することに努めます。木材は大変デリケートです。工房から納品された商品を、出荷前に再び、自社内で入念なメンテナンス作業を行うことで、お客様に最適な状態の木製武器をお届けできる仕組み・販売体制を構築いたします。

一方で、この状況に対応していくために、今後、是非、世界中の武道家のお客様にも実践できることをいくつかご紹介したいと思います。
まず1つめは、今まで以上に木製武器の手入れを気にかけてみてください。特にニスなしの木製武器は、1.2か月に1度程、椿油等で入念に油磨きを行うようにしてください。入念な手入れを続けることで、木製武器は長くご利用いただけます。
2つめは、これまで白樫製の木製武器を愛用されていた方は、是非、この機会に赤樫(イチイ樫)の木製武器も試してみてください。

そして、最後、国産木製武器の見方を少しだけ変えてみてください。20年位前までは、木目がまっすぐな綺麗な良質な木材からしか国産の木製武器は作られていませんでした。しかし、今はそのような木材はほとんど市場にはありません。これからは、従来よりも早くに不具合が起こりうるかもしれません。しかし、それは職人のせいではなく、木材に理由があるのです。都城の職人は良質な木材から木刀製作を行えない無念さや悔しさがある中で、今とれる木材からとにかく木材の無駄を出さないよう、思考錯誤しながら木製武器を作っています。

このように、職人も木刀製作をこれからも存続させていくために、木材選定の価値基準を変えざるをえない状況となっており、私たち使用する人間もまた、これまで抱いていた国産木製武器に対する期待や価値観を変えなくてはいけない時がきているのかもしれません。これはとても悲しいことであり、残念なことです。ただ、いつかこの状況が打破されることを願い、今できることを地道に行っていきたいと思っています。

星道のこれから

先の未来は誰も分かりませんが、今、確実に言えることは、最後まで諦めないということです。星道の創業理由は、近代化が進み、日本の伝統技術を繋いできた職人や小さな工房が段々と縮小していく中、この熟練の職人技術を、もの作りの素晴らしさや手仕事ならではの品質の高さを武道用品を通じてお客様に知っていただきたい、そして、この技術を次世代に継承させたいという願いからでした。

武道家が毎日稽古に励み日々鍛錬を重ねることと同じように、職人は、目の前の仕事と向き合いながら、日々自身の技術を高めながら、いいものを作り上げることだけに集中しています。このような職人や古き良き日本の小さな工房をこれからも支えていきたいです。
星道はこれからも職人とともに進んでいきます。

4 コメント - 国産木刀製造業の危機


小澤正浩が公開しました。

日立市の小澤と申します。宮本武蔵二刀流や柳生新影流開祖 柳生宗矩無刀取りなどに影響を受けて、学生時代から日本空手協会で武芸を学び続け、今55歳となりました。私は日本刀.今や木刀の曲線美と適度な破壊力に実戦的護身のツール、および美術品として日本人ならでわの品格を感じております。都城市へ行こうと考えてもいますが、妻子持ちにつき、水戸藩のやや曲がりが早い日本刀を模擬した木刀を世に売ることや、水戸に現存する北辰一刀流小澤派の剣なども木刀に模擬し世に販売出来ないものかと考えております。私は木刀の制作は素人ですが、趣味でナタ一本で自身の護身用木刀を作ったりしています。今や日立製作所の部長として歩んで来ましたが、晩年にあたり本当に自分が好きなことに取組み、最期を迎えることが夢であります。後継者も少ない時代でしょうし、私のような晩年会社員に最期のチャンスはありますか?やめておけ!ですか!ご意見頂ければ幸いです。日立市 小澤正浩 aaozawa-masahiro@au.com 09098366332


吉川太一郎が公開しました。

裏庭に義祖母の植えたビワの木はもう60歳。事情あって家屋・土地ともに手放すことから、ビワの木をどうしたものかと考えています。


中島風哉が公開しました。

22歳茨城県で合気道をしています。木刀作りの仕事に興味あり、やってみたいです。


内藤博が公開しました。

伝統工芸品にかける情熱をうかがいました。職人を育てることは、一社で出来ることではなくなりました。組合が主導して人を雇い入れ、研修期間は組合職員として過ごし、ある程度稼げるようになったら、組合員企業に就職する例が多くなっています。組合の支援は中小企業団体連合会が無償で行っています。中小企業診断士にも相談できますので、経営面からのご支援が必要でしたら相談してみてください。


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